TOP特集叫子の部屋 > 第3回ゲスト:松田正明氏
ブロぐるめ!の特集/連載 : 叫子の部屋
2009.09.23第3回ゲスト:松田正明氏
13種類のオーガニック食材を使った、とてつもなくおいしい辣油に出会った。おいしいものを食べると、それを作ったのが誰なのか気になってしまうのがライターの性。
「究極の辣油」「究極の燻製」「究極のカレー」3つの製品を取り扱う通販サイトを運営する「ヌーベルジャポン エスペランサ」の代表取締役社長・松田正明さんと、調理部主任・松尾宗隆さんにお話をうかがった。
松田正明
松田正明 氏プロフィール
株式会社ヌーベルジャポン エスペランサ代表取締役社長。生まれつき心臓疾患を持ち、質の悪い肉の脂・化学調味料・添加物・酸化油などで発作を起こしてしまう体質であったことから、発作に悩まされる日々を送る。44歳の時、フランス人の友人に教わった食事療法を実践。症状がみるみる改善されたのを機に、食べて本当に安全な食品を開発したいと思うように。世界中からオーガニック食材・品質の優れたオリーブオイル・ミネラルを多く含む塩などを探し求め、加工調理した食品を 通販サイト「究極の薬膳屋」で販売している。
前 | 1 | 2 | 3 |

きっかけは、食事と大きな関係がある発作

どうしてこのような辣油を作られるようにな...
叫子
どうしてこのような辣油を作られるようになったか、まずは松田さんのこれまでの人生をお聞きしてもよろしいでしょうか?
松田正明
10年間、岡山大学で経営学を教えてました。その後、講師を辞職し、香川で2年間、会員制のイタリアンレストランをやっていました。故郷が香川なんです。

僕は生まれつき心臓に疾患があって、いわゆる西洋医学では治らない。漢方でも治らなくて、あるフランス人の友人が食事療法で治ると教えてくれたので、化学調味料・添加物、そういったものを摂取しないようにしたら、症状がおさまってきたんです。

人間の体っていうのは自然のものを摂れば良くなる。だから難しいことは何もなくって、化学調味料を摂らず、代わりに水、オリーヴオイル、塩といった基本調味料でミネラルを摂る方法なんです。野菜も正しく育てられたものがおいしいし、体にいいんです。要するに調味料と食材、調理方法を変えてみただけなんです。40歳で聞いたのですがすぐには信じられず、この食事療法に完全に移行したのは44歳ですね。今48歳で、ガラッと違う生活に入りました。

40年以上も大学病院で治せないものが食事療法なんかで治ると思っていなかったんですけどね。一生治らないといわれていたので、騙されたつもりでやってみようと。そうしたら体の調子が良くなって、3ヶ月でほとんど症状おさまっちゃったので。それで、2006年から自炊で料理を作り始めました。ちなみにシェフになったのは2007年です。市販の調味料は自分の体に良くないと気づいたので、そういうのを使わないレストランってないよね、じゃあ絶対安全なものだけを出すレストランを作ったらどうだろうと思ったのがきっかけです。

安全な料理だけを出す会員制レストランのオープン

叫子
そんなにすぐシェフになれるものなんですか?
松田正明
いや、僕頭悪いんですよね。まず居抜きの店を買ったんです。看板も作ったんですけどふと気が付いて、誰が料理を作るんだろうと。サービスの女の子は決まっていたんですけど、その子に頼んだら「えっ?」と言われて、じゃあ僕が作ろうと思いました。2ヶ月くらいで、自分で独学で勉強したんです、お店は6月に買って、8月2日にオープン。その2ヶ月の間ですね。

旅行が好きで世界中を旅しましたし、国内外の3つ星レストランを初めとする一流レストランは片っ端から食べ歩きました。シェフの友人も多く、彼らが技術を教えてくれました。世界中を食べ歩いた舌の記憶が財産です。

仕入れのルートなんかも全くなくて、スーパーで買えばいいかくらいにその時は思っていました。その後農家さんに、「お店をやりたいんですけど、野菜の仕入れ方がわからないんです」って直突撃していって。色々話聞いてるうちに仲良くなって、直接買い上げられるようになったんです。

新しい日本の希望、そんな料理を提供するレストラン

叫子
どんなレストランだったんですか?
松田正明
3時間半から5時間半かかる、フルコースのヨーロッパスタイルだったんです。仕込みしないでその場で全部創り上げるカンテサンスと同じ手法でした。メニューはなく、お客様によってお出しする料理を変えていたんです。3人来られて3人メニューが違うこともありますし、当日来られて「今日は体調悪いんです」と言われたら、さらにそこでメニューを変える。お客様の気持ちを汲み取って、それに応じて調理をしていくレストランでした。

お店の名前は、社名と同じ「ヌーベルジャポン エスペランサ」でした。“新しい日本の希望”という意味です。イタリアンレストランだったんですけどね。お客様として来ていただいたスペイン人の方に、「お前の料理には希望を感じるし、すごく新しいよ」と言われたんです。料理学校を出たわけではないので、イタリアンなのに味噌も使うし醤油も使う。こんな料理見たことない、その発想が新しいし、何よりとてもおいしい。これって新しい日本の希望だよね、と言われたんです。それでこの名前に決めました。

自分でも帝国ホテルであるとか、東京の有名なレストランを食べ歩いて、いいと思ったらシェフに突撃していって、「これどうやって作るの?」って聞いて。中には厨房に入れてくれる大変親切な方もいて。知らないものがあったら「その機械何?」って聞いて、同じものを自分の厨房にも入れていって。そうしたら自分の料理のレベルも上がっていったんですよね。

レストランの常連さんは東京の方が9割、外国からの方が1割。香川県の方は1人もいなくって、完全にクチコミで広がっていきました。

食品加工販売という新たな道

そのレストランを、2年で畳まれたというこ...
叫子
そのレストランを、2年で畳まれたということですが。
松田正明
はい、今年3月に畳みました。仕入れで農家さんを回りますよね?その中で農家さんが非常に困っていらして、このままだと日本の農業がダメになると痛感しまして。それで、レストランやってる場合じゃないと思ったんです。

片や若者は仕事に就くことができず生活している訳で、両者を結びつける活動をしていきたいと思いました。貧しい国に支援をするNPOはいっぱいあるんですけれど、僕は自分の国をまず何とかしないといけないと思ったんです。それで、2008年6月に会社にしました。実際稼動を始めたのは今年1月からで、「この子と一緒に仕事がしたい」と思った人をスカウトして、今社員は6人です。松尾君も、先にスカウトした子のお友達でした。

それで、食品加工販売に乗り出しました。香港から来られた中国人のお客様に、日本の辣油は本当に美味しくない、お前のところで作ってくれないか?って頼まれたんです。そしたらすごく美味しいといわれて、中国人が美味しいんだったら美味しいんだろうなと確信を持ったんです。その時のレシピを、日本人に合うように何度も改良してできたのが今の辣油です。うちの辣油は中に具材が入っていて、底の方だけではなく、上までぎっしり入っているのが特徴なんですね。まず見た目で皆さん驚かれます。
うどんにかけても美味しいし、冷奴、サラダ、お肉にかけてもいいんですよ。後はこれで麻婆豆腐を作ってほしいです。それと香りがいいので、フレンチ料理のアクセントとして使っていただいているレストランも都内にあります。
取材・文 / 華麗叫子
前 | 1 | 2 | 3 |
ページの先頭に戻る