TOP特集叫子の部屋 > 第5回ゲスト:丸山昇氏
ブロぐるめ!の特集/連載 : 叫子の部屋
2010.04.14第5回ゲスト:丸山昇氏
海外で頑張る日本人シェフ達 〜台湾編その1〜

慣れ親しんだ故郷を飛び出し、海外へと活躍のエリアを広げた日本人シェフ達。彼らは何を考え、何に挑戦し、その過程で何を得てきたのだろうか。お客様の好みや文化もまるっきり違う外国で、きらきらと輝く日本人に出会った…。第1回目の今回は台湾編。昔ながらの洋菓子を作り続け、その素朴な味わいが地元台湾でも大人気。数々のメディアに取り上げられている瑪莉葉(マリエ洋菓子店)の注目の菓子職人、丸山昇さんです!
丸山昇
丸山昇 氏プロフィール
瑪莉葉(マリエ洋菓子店) 
オーナーパティシエ 丸山昇(まるやま・のぼる)氏 58歳
前 | 1 | 2 | 3 |
叫子
こんにちは、今日はどうぞよろしくお願いします。丸山さんが瑪莉葉(マリエ洋菓子店)をオープンされたのはいつ頃ですか?
丸山昇
10年くらい前かな? 1999年の10月の23日です。もともと、写真屋さんなんですよ。学生時代から写真好きで、写真の専門学校行って、新卒で就職した企業で建築写真撮ってたんだけど、4の5、4インチ5っていうこんなでっかい暗幕をかぶって撮るカメラがあるんですよ。それで撮ると建物のラインが歪まずに撮れてね。

でも入ってすぐに「自転車旅行したいから3ヶ月休み下さい」って社長に申し出たら怒られちゃったの。まだ若かったから「じゃあ辞めます」って辞めちゃった。それが昭和48年かな。48年って、叫子さん生まれてないでしょ?ていうか、お父さんおいくつ?
叫子
昭和54年なのでまだ生まれてないです。父は58歳です。
丸山昇
でしょう?俺も同じ58歳だもん!台湾来たのは48歳の時だよ。
叫子
あの、自転車旅行に行かれて48歳で台湾に出店するまで、一体何があったんですか?
丸山昇
うん、結局7ヶ月間の自転車旅行をして帰ってきたら、ちょうどオイルショックの時で仕事がなくて、半年くらいフラフラしてたのね。しばらくしてから現像所入ったりしたんだけど、なんだかすっきりしなくて。で、自分はお酒が飲めない代わりに甘いものが好きだから、後楽園の白山通り沿いにあるケーキ屋さんで住込みで働き始めたのが、この世界に入るきっかけだったの。

1階が工場で2階が住まい。5年くらいいたんだけど、社長が麻雀好きでねー!麻雀ばっかりやらされた。それに、俺は色々寄り道してからこの世界に入ったから年食ってて、年下の先輩ばっかりだったから色々な意味で見られてましたよ。

その次に移ったのが、自由が丘の「モンブラン」を出た人が東神田でやってたお店。「モンブラン」は東京で初めて開かれたケーキ屋さんで、今でも年配の人だったら名前聞いたことあるんじゃないかな?あの頃は東京のケーキ屋の御三家といえば自由が丘の「モンブラン」、目白の「田中屋」と、それから「近江屋」だった。

そのお店は、とにかく厳しかった。昔の職人だよね、平気でひっぱたくんだもん!そこには7年くらいいたかな。どこ行っても結局一から覚えなきゃいけないから、時間かかかるよね。でも「モンブラン」出身のケーキ職人のお店ということで前のお店とは使ってる材料が全然違ったから、それまで知らなかった材料がたくさんあったし、材料が異なれば作り方もいちいち違ってくる。あのお店で良質な原料に触らせてもらった。いい材料がどんな味がして、それが仕上がりにどう響くか覚えさせてもらったのは、とってもいい経験になったよ。

その後、阿佐ヶ谷にあって今はなくなってしまった「ピーターパン」というケーキ屋さんに、チーフとして入ったんです。いつか独立したいという気持ちはあったけどいきなりだと失敗しちゃうから、その前にチーフを経験しておきたいと思って。そこに2年くらい勤めてから、千葉県市川の本八幡って知ってます?俺の地元なんだけど、そこにお店を構えました。

でも最初から至難続きでね〜。店の入り口前に置いてある2台の自動販売機をどかしてくれるという条件で借り受けることになってたんだけど、いざ入ってみたらどかしてくれなくって(笑)。不動産屋に掛け合っても我慢するしかないと言われたし、お店作るために1,000万の借金もしちゃったから、自販機に入り口をふさがれたまま仕方なく営業始めてね(笑) 

結局そこを9年やって、借金は全部返せましたけどね。それで丸9年が経とうという時に、台湾人のかみさんに相談したの。3年ごとに更新料を支払わなければならなかったし、その都度店賃が上がってたから、そろそろ閉めようかって。そしたら、台湾でやれば?って言われたの。
叫子
なるほど、奥様が台湾人だからなんですね。奥様とは日本で出会われたのですか?
丸山昇
うん、引っかかっちゃった!かまかけるつもりがかけられちゃったんだよね(笑)

かみさんに台湾出店を言われた時にすぐにその気になったのは、日本だと家族や友だちがいて、なんだかんだ言って甘えられるじゃない?開店祝いだと言って一度は来てくれる。でもまったく知らない土地に行けば、自分の力を知ることができると思ったから。そんな自惚れた気持ちで来たんだけどねー。

台湾人は”見栄っ張り型”。大きなケーキを買ってくれる。

お店を決めるにあたって、日本と勝手が違う...
叫子
お店を決めるにあたって、日本と勝手が違うところはありましたか?
丸山昇
うん、全然違った!まず台湾人は金銭感覚がしっかりしてるから、知り合いに頼んでもちゃんと手数料取られるよね。手数料と称して、あるいは工事の融通を利かせるために役人に渡したとか言って、今は相場を知ってるから、2倍とか3倍の値段をふっかけられてたね(笑)

でも台湾人には日本人にはなかなか理解できない“メンツ”っていう文化が色濃く浸透してるから、明らかに自分が悪くても絶対に絶対に謝らないの(笑)

最初奥さんに、なんで天母地区でやらないの?って言われたね。天母はアメリカンスクールも日本人学校もある高級地区で、台湾に駐在してる日本人も多く住んでる。でも俺、せっかく台湾で勝負するんだったら日本人じゃなくて、現地の人を相手に商いしたかったんだよね。当時日本人は1万7000人〜8000人しかいなくて、その小さいパイで商売するよりも台北市内の200万人相手にした方がいいじゃない。

それに台湾人のお客さんは、日本人のお客さんと買い方が違うんですよ。日本人にとってケーキはハレの日のもので、“節約型”でしょ?でも台湾人はメンツがあるから、ハレの日こそ“見栄っ張り型”なの。小さいケーキじゃなくて、なるべく大きなケーキを買おうとする。それはケーキじゃなくても、どんな場面でもね。
叫子
台湾人がメンツを重んずるのはよく聞きますが、そんな場面でも発揮されるんですか?!
丸山昇
そうそう、そうなの!彼らはものすごくメンツを気にするからね、パーティーに小さいケーキなんて持っていったら、自分のメンツ丸つぶれじゃない?だから人数分よりひと回りふた回り大きいケーキを買っていくの。

あと日本と違うって思ったのは、台湾って国は、自分で認めてくれますよね。日本人はまずブランドから入って、有名なシェフがいるお店や老舗で食べるのが好きな民族じゃない?台湾人はね、そのお店が有名であろうと無名であろうと、自分が気に入ったらインターネットで紹介してくれたり、家族や友だちを連れてきてくれたり、どれだけ知り合いいるのかわからないけどえらいたくさん買っていって、「これ美味しいよ」って配ってくれたりする。メディアより身近な人の口コミを信頼して飲食店を選ぶ傾向が、日本人より強いんじゃないかな?

その代わり“美食の国”台湾だから、おいしいところはいくらでもあるじゃない?忙しくなったり希望する原料が手に入らなかったりして、ほんの少しでも味を落とすと、すぐに客足がパタッと止まる。味がわかる人とわからない人がいるけれど、台湾人は最近わかる人が多い。だから馬鹿にしたら、えらい目に合うよ!だけどその分、台湾で商売した方がダイレクトに反応がわかるから、真剣勝負できて面白いと俺は思う。1人1人が味に一家言ある民族だから厳しいけど、質を落とさず全力で向かっていけば必ず応えてくれるからね。
取材・文 / 華麗叫子
前 | 1 | 2 | 3 |
ページの先頭に戻る